若き日の中東滞在記(クウェート編)

 サウジアラビア滞在記編に引き続き、19861月〜5月に業務で滞在していたクウェートで出会った
ボーイスカウトとの一コマをご紹介したいと思います。
クウェートは
1961619日イギリスから独立し、立憲君主国として1962年に憲法が制定されたそうです。
ですから、私が滞在していたころは独立後二十数年しかたっていない若い国だったのです。
 
私が最も驚いたのは国立博物館に展示されていたクウェートの歴史を生活様式とともに紹介している
コーナーでした。なぜ驚いたか・・? それは鉄砲とランプで生活していた遊牧民としての時代の次に
突然現れる電気家具、そして自動車の出現。 
日本のように西洋文化を徐々に取り入れて生活が向上していったというような歴史ではなく、潤沢な
オイルマネーを得たことにより、それまでの砂漠の民が突然自動車を使い、電気器具を使うように
変わったような、つまりタイムスリップしたような歴史を見たのです。
この生活様式の変化はおそらく大半のアラブ諸国に共通しているのでしょう。


さて、前置きが長くなりました。クウェートの建国記念日は225日です。
私が滞在中の
1986年の建国記念日も約一か月位前からお祝いの準備が進んでいました。
国中には国旗やイルミネーションがたくさん飾られました。
 

そしていよいよ225日当日を迎え、
私達もお祝いが開催される大公園へ
いそいそと出かけたのです。
とても風が強かった日で、ものすごい
人数の人々が歓声をあげ、旗を振りながら
開会式と行進を待っているのです。

そこで出会った人々の中にボーイスカウトの
一団がいたのです。その時の写真がこれです。
彼らと楽しく話をしながら待っても式典が始まり
ません。そのうち彼らも去り、
人々がいなくなってゆくではありませんか。 
どうも様子がおかしい・・・・・・・?????  

   実は朝からイラク軍が国境に押し
寄せたために軍隊が出動し式典どころ
ではなくなったというのです。
これが湾岸戦争の前兆だったことを
後から知りました。

その
4年後の19908月にイラクの
クウェート侵攻が始まり日本人を含む
多くの人々が“人間の盾“とされた事件が
起き、約
100日後の12月に人質は解放
されたのです。



その後、あの忌まわしい湾岸戦争(1991)に突入したのです。
ちなみに私の後輩は事件の一週間前に一時帰国して難を逃れましたが、事務所は全壊となり、
我々の建設した設備はことごとく破壊されたのでした。
 

この時期、我々が良く口ずさんでいた歌は「・・・ホルムズ海峡、冬景色〜♪」でした。 

これも、今となっては懐かしい人生の一コマです。  

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